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ともに生きてしまう060930

・・・・ある雑誌に書いた雑文です

 差別反対者は差別事件が起こるといきいきしてくる、という逆説がある。差別反対者は差別事件を待ち望んでいる。支援者が活躍するには困窮者の存在が不可欠だ。連帯するために孤立者を必要とする人々がいる。

 差別が撤廃される前に差別なしに生きてみたらどうであろう。支配と背中合わせの支援を必要とする領域ばかりでなく、支援関係のない、あるいは、支援関係の逆転した領域に注目してみたらどうであろう。何かの時にわざわざ連帯するのではなく日常をともに生きてみたらどうであろう。

 ペルー人教会はペルー人、チリ人、メキシコ人、アルゼンチン人、日本人らによる小さな教会だ。韓国人や台湾人などアジアの人々も時々顔を見せてくれる。創立のきっかけは、日本人であるわたしが「ラテン・アメリカからの移住労働者に母語の礼拝を」と思い立ったことにある。かつて東北アジア諸国や沖縄などから母語を奪った日本の歴史の反省から、ラテン・アメリカ出身の人々には母語であるスペイン語の礼拝を、と考えたのである。

 しかし、教会もヒエラルキー社会である。牧師が「正しいこと」を教え、信徒がそれを学ぶ、という構図がある。聖書から受けるメッセージについて、牧師は一方的な伝達者である。また、牧師は信徒である外国人労働者の要請に応じて、病院や役所に同行することもある。ここでは、日本語のできる日本人牧師は外国人労働者に対して支援者として立ってしまう。日本人の中にも、「何か外国人の方のお手伝いができたら」と言って来る人々もいる。

 けれども、このような牧師と外国人信徒、日本人と外国人労働者の間の関係は徐々に変わってきた。多くの教会の礼拝では、聖書を読んだ後、牧師や神父がそれについて説教するが、ペルー人教会ではそのスタイルを大きく変えた。牧師の説教の代わりに、皆で話し合うのだ。講義方式から話し合い方式に変えたのである。牧師も信徒から学ぶ。信徒も聖書を読んで感じたことを語るのである。このことによって、少なくとも、一方的伝達ではなくなった。

 日本人メンバーと外国人メンバーの間でも、支援-被支援ではない関係、あるいは支援-被支援の逆転関係が築かれてきた。ペルー人教会の日本人メンバーのほとんどは学生か若者である。それに対して、外国人メンバーの多くは四十代以上だ。たとえば、あるペルー人夫婦は、教会に来た日本人青年とメールアドレスを交換し、スペイン語によるやりとりを始める。そして、教会以外の活動にも誘う。労働組合による外国人労働者相談の通訳、「ペルー働く青少年寄金」の活動などにである。こうして、日本人青年はペルー人メンバーから日本における外国人労働者の人権問題やペルー社会の問題などを教えられ、また、多くの外国人労働者と出会い、成長していく。ここでは、日本の若者が外国人労働者によって人間としての成長を支援されるのである。

 ペルー人教会のメンバーが中心になる劇団セロ・ウアチパの活動も支援-被支援関係のない場である。たとえば、わたしはペルー人メンバーに誘われて初めて演劇に参加することになった。聖書の理解においては、「話し合い」スタイル導入後も、わたしが優位に立つという力学的関係は完全には払拭されていない。しかし、演劇においてはまったく素人のわたしは、本格的な商業演劇経験者であるペルー人Cさんのリーダーシップや素人ではあってもわたしより先に演劇活動を始めた仲間を頼りにし、支えられざるを得ないのである。だが、この劇団の手法は全員平等参加による演劇創作であり、わたしが素人や新参者であっても疎外されることはない。言い換えると、演劇をする時、わたしと外国人労働者の関係は、牧師と信徒というタテの関係から、先行く仲間と新しく加わった仲間というヨコの関係になるのである。また、劇は日本語とスペイン語のどちらかがわかれば理解できるように構成されており、どの役者も観客も言葉の壁に阻まれないで済む。

 演劇では、外国人労働者の日常や歴史的経験、世界で起こっていること、そして、聖書のメッセージが三本柱となる。たとえば、工場で日本人上司に殴られる外国人労働者と、イラク戦争によって殺される人々と、ローマ帝国によって十字架刑に処せられるイエスがつながる。

 経験をわかちあい、ともに考察し、表現しようとする時、支援-被支援の関係は克服される。差別問題に取り組むだけでなく、法や制度が変わる前から、日常を差別も支援も連帯もなく、ともに生きてしまう、このような経験が大きく広がることを願う。

・・・・この雑誌の表紙にはビッグネームの執筆者名は記されているが、わたしたちの名前はありません。けれども、わたしたちも今日もたしかに生きてしまっています。


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