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日系ペルー人20060429その2 [教会日誌]

Tさんは今は日本籍を選択していますが、ペルー生まれでスペイン語を母語とする「日系ペルー人」もしくは「ペルー系日本人」です。Tさんが最近書いた文章を読みました。

それによると、Tさんのおじいさんは戦前にペルーに移住、そこで、外国人、移住労働者として、言葉、社会生活、仕事などで非常に苦労します。ペルーのリマに着いたものの、そこで与えられた土地は沖縄出身の彼らが農業をするのに適した場所とは言えませんでした。そこで、故郷沖縄に似た環境を求めて北上(南半球ではそれは温かい土地を目ざすことを意味します)、その旅は馬車や徒歩によるものであり、マラリヤに苦しめられたりします。

また、第二次世界大戦中は、ペルーは連合国側だったので、日系人は「敵」として迫害を受け、カリフォルニアの収容所まで連行された人々もいると言います。また、お店を経営していた日系人は、没収を避けるために「友人」の非日系人にお店の名義上の所有者になってもらうような対策をとりますが、戦争が終わっても「友人」たちはお店を返してくれないというようなこともあったそうです。

それから何十年も経ち、今度は、Tさんの世代が移住労働者として日本に帰ってきます。そして、今度は舞台を日本に変えて移住労働者の苦しみを味わうのです。

Tさんの文章を読んだ後、わたしたちはビデオを見ました。『海にすわる ~沖縄・辺野古 反基地600日の闘い~』です。日本語のあまり得意でないTさんですが、沖縄の苗字は全部読めました。また、市民労働組合の活動などを通して、反戦や平和の願いを強く持つTさんは、辺野古の闘いの意味をすぐに理解しました。

近い内にペルー人教会の皆で沖縄に行きたいね、辺野古の闘いをする人たちに会いたいね、という思いをわたしたちは強くしました。


送別会20060429 [教会日誌]

土曜日はペルー人女性Mさんが久しぶりに顔を見せてくれました。三人のお子さんも一緒でした。Mさんは資格を取ってホームヘルパーの仕事をしています。以前、工場で働いていた時は「おい」だけだったのに、今は「○○さん」と呼んでもらえるのがうれしいと言っていました。

一才のRちゃん、三才のAちゃんは保育園、Aちゃんはもう日本語を話しています(スペイン語はどうなのだろう?)。上のお兄ちゃんは三年生。Mさんは介護福祉士の資格を取りたいのですが、学校に行く時間がないので、家庭教師に来てもらうほどのがんばりようです。

この日は、また、就職でまもなくチリに旅立つ日本人Sくんの送別会を行ないました。いつものように礼拝とお茶の時間を過ごした後、近くの居酒屋に移動しました。

Sくんは数年前にペルー人教会に顔を見せて以来、皆と仲良くなり、市民労働組合の通訳やペルーの青少年労働者との交流運動、そして、劇団セロ・ウアチパの役者として大活躍、一年間、ペルーで過ごしたこともあります。人と仲良くなったり、ものごとを深く考えたり、劇をしたり、才能に満ち溢れていますが、スペイン語は同時通訳レベルになりました。

Sくんはわたしたちにとって非常に大事な存在です。チリに行っても絆は切れることなく、むしろ、新しい形で展開することでしょう。大学生活を終えて社会に出るSくんの道が神様によって導かれますように。


あたらしいいのち20060422 [教会日誌]

いつも劇をリードしてくれるKさんに、姪御さん誕生といううれしい知らせが届きました。良かったです。この日は先週の劇にも来てくれた日本人男性Sさんが礼拝に初参加。スペイン語も学んでおられ、スペイン語で上手にあいさつをしてくださいました。日本人男性Jさんもひさしぶりの登場です。お仕事がお忙しかったようですが、皆、Jさんとの再会をおおいに喜びました。


観劇記20060418 [教会日誌]

ペルー人教会とセロ・ウアチパの大切なお友だちにして、すてきな陶芸家のMAJOさんが劇の感想をご自分のブログに書いてくださいました。その文章がすばらしいのでご本人にご許可を得て、以下に転載させていただきます。MAJOさん、ありがとうございます。ムチシマス グラーシアス!

(以下MAJOさんの文章です)

この前の土曜日、蒲田のペルー人教会でパストール(牧師さん)や日系ペルーの友人達がセマナ・サンタ(キリストの復活祭)のお芝居を上演すると言うのを聞き付け、観にいってきました。タイトルは「悪魔の悪戯 in Kamata」。

ペルー人教会に訪問するのも久しぶりだったのですが、以前の味わいがある”昭和の木造洋館”風の建物は取り壊され、スペインのテラコッタや白木などをふんだんに使用したモダン・ナチュラルな教会へと生まれ変わっていました。これにはびっくり。パストールが新しい教会のなかを案内して下さいました。ちょっとしたお洒落なギャラリーの様です。

さて、ひさびさにペルーのお友達と再会を喜び、午後7時ちょっと過ぎに開幕。
彼らの劇団セロ・ウアチパ(「セロ・ウアチパ」とは劇団の旗揚げメンバーの生まれ故郷の村の名前)はいつも生活に密着した問題をテーマに取り上げています。
言語はスペイン語と日本語。うまく2カ国語がセリフに編み込まれているので、どちらか片方の言語しか分らなくても理解できるような上手い作りになっています。

今回は祭壇横の白い壁にプロジェクターで物語にそった蒲田駅周辺のスライドを効果的に使いながらの上演。プロローグに仮面を被った複数の悪魔と1人の天使の闘いの踊りから始まります。この踊りはデモニアーダというペル−の民族舞踊から採ったアイディアだそう。『沢山の悪魔に対して天使はたったひとりで闘う。でもいつも必ず最後には天使が勝つんだ』と出演者Sさんの言。

お芝居のストーリーはというと、
蒲田教会に行こうとする主人公のDさんを、
Dさんの心のなかに住む悪魔が妨害をするというもの。
普段から、いい人・・とは言い難い行動をしているDさん(例えば歩きタバコで
他人を火傷させてもへっちゃら、シルバーシートにお年寄りを押し退けて座っても
気にしない。)、悪魔に取り入られやすい心の隙があるのです。

でもDさんの他の一面には、
目の前で転んでる子供はほっておけない、
目の前で倒れていた人には介抱の声をついかけてしまう、
そんな世話好きのところがある。
そのおせっかいのため教会になかなかたどり着けないDさんを悪魔は喜んでいた。
しかし悪魔には大きな誤解があったのです。

教会に行くことをひたすら妨害していた悪魔。
でも単に『教会に行く・行かない』ということが重要なのでは無く、
要は何をして日常を生きているか、という事なのだと。

教会には行けなかったDさんだけど、
でもやっぱり目の前で泣いている子供は助けてしまうのです。
倒れている人を介抱してしまう。
直接的には教会に行けなかったけれども、こういった心持ちを実行していた
Dさんの行動は知らないうちにいつしか神様のいる教会の道へと続いているのでした。
-fin-

by MAJO


悪魔の悪戯 in Kamata 20060415 [教会日誌]

 

劇団セロ・ウアチパの創作劇「悪魔の悪戯 in Kamata」をこの土日、二回、上演しました。各回とも、東北アジア人、ラティーノス、あわせて2~30人くらいの人が見に来てくれました。見てくれた人の感想やそれへの応答で劇を終了した後は、ペルー料理やお菓子で交わりの一時を持ちました。今回はアンデスのフォルクローレ風のお面を創ってくれた人がいました。とてもすばらしいお面で役者一同非常に感謝しています。


劇のお稽古20060408 [教会日誌]

土曜日は礼拝後、いつものお茶の時間はやめて、劇団セロ・ウアチパの創作劇「悪魔のいたずら in 蒲田」の練習をしました。先週作った脚本に基づいて実際に演じながら、役者の動きを決めたり、脚本を変更したりしました。皆、芸達者です。劇の練習場面を初めて見るAさんは笑い転げていました。日曜日の午後も練習の続き。Tさんが体調を崩して到着が遅れている間に、劇の背景にプロジェクターで映す写真を蒲田駅周辺で撮影してきました。電車、コンビニ、駅前の鳩、放置自転車、パチンコ店、風俗店などです。これらによって、蒲田駅周辺や現代の若者の問題の一部が表現されると良いのですが。劇は15分くらいで、スペイン語と日本語の両方を使い、どちらか一方の言語だけしか話せなくても、見てわかるように構成しています。公演は、4月15日土曜日午後7時、16日日曜日午後2時、劇は15分くらい、そのあと皆で感想などを話し合います。場所は、大田区蒲田1-22-14 03-3732-1796  日本キリスト教団蒲田教会です。初めての方もぜひおこしください。


脚本創り20060401 [教会日誌]

土曜日は、ひさしぶりのK太さんやTさん、Sさんを交え、ゆたかな礼拝になりました。Cさんが用意した劇の案に対して、K太さんがいろいろ意見を出してくれました。日曜日は、それを踏まえて、劇の出演者全員で、脚本というか、ストーリーを創りました。今回はどんなメッセージを誰に伝えるのか、登場人物の性格などについて激しい議論を三時間、そして、舞台はテーブルからフロアに移し、一時間半ほどかけて、実際に体と口を動かして見ました。今後の土日で、さらに詰めて、15日(午後7時)、16日(午後2時)に上演です。いずれも大田区蒲田の日本キリスト教団蒲田教会が会場です。どなたもおこしください。今回は蒲田駅周辺の諸問題がテーマです。


激論と配慮20060325 [教会日誌]

土曜日は、Hさんがひさしぶりに顔を見せてくれました。近くのマンションを購入して、引っ越してきたとのこと。日本に永住することに決めたと言っていました。日曜日は劇のための激論の続きです。日本人女性Yさんがはじめて来てくれました。皆大歓迎です。だけど、議論が熱くなると、早口でたくさんのことを一挙に話すようになるために、ネイティブでない人はなかなか付いていけなくなってしまいます。議論を深めながら、なお、言葉の壁を乗り越えて、また、言葉の壁を配慮して、ともに考えていく方法が必要だと思いました。


外に出かけよう20060318 [教会日誌]

日曜日にまた劇のための議論をしました。その中でどうしてメンバーや観客が少ないのかを考えました。扱っているテーマが平和とか労働問題とかで、現状を変えていこう、というメッセージがあるのですが、多くの人は、変化を望まないのではないか、という意見が出されました。しかし、粘り強くやっていくことが大事という考えも示されました。また、観客をこちらに招くばかりでなく、こちらから積極的に出かけていくことも大事だという指摘もなされました。


劇の激論20060311 [教会日誌]

土曜日は、また、二人の日本人男性があらたに礼拝に来てくださいました。HさんとOさんです。Hさんはスペイン語堪能で、ユーモアに満ち、皆を楽しませてくださいました。Oさんは日本語会衆の仲間です。日本語会衆からペルー人教会への参加者が与えられたことに感謝します。日本人女性Mさんの誕生日をケーキでお祝いしました。日曜日は、イースター向けの劇の準備を開始しました。蒲田の地域の問題は何かを考え、それをきっかけに、聖書のメッセージ、イエスとの出会いへと展開しようと考えています。放置自転車、歩行者の喫煙、ホームレスの人々、開店前のパチンコ屋に列をなす若者・・・それぞれについて議論をしました。来週からはいよいよストーリーを創作していくことになります。


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